2010年09月07日

ヴィトゲンシュタイン

混乱は、物理音と感覚与件が双方とも連続的であると考えることのうちにある。物理音は連続的である。が、感覚与件はそうではない。(ウィトゲンシュタイン/講義1/132)‬

四分音符「により導かれる」ことは、一般ルールに従うことを意味する。このルールは、演奏の結果の内には含まれないし、結果と楽譜の和にも含まれない(というのも楽譜は、どんな演奏にも何らかのルールによって適合しうるからである)。一般ルールは楽譜を演奏しようという意図の内にのみ含まれる。演奏行為の記述はいかなる仕方でも楽譜の記述を含まないであろう。しかし意図の記述は楽譜の記述を含むであろう(「彼はこの楽譜に即して演奏しようとした」)。われわれは演奏と楽譜のあいだの関係の内にルールを見る。(ウィトゲンシュタイン/講義1/81)‬

第一義的に君は目でものを見るのではない。この相関関係は偶然的である。君は夢でものを見るが、目でそれを見るわけではない。(ウィトゲンシュタイン/講義1/146)
posted by poka-risu at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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