2010年06月21日

宮城道雄『音の世界に生きる』

年齢もだが、その人の性格なども大抵声と一致しているもので、・・・概して頭を使う人の声は濁るようである。それは心がらだとか不純だとかいうのでなく、つまり疲れの現れとでもいうべきもので、思索的な学者の講演に判りよいのが少く、何か言語不明瞭なのが多いのがこの為ではないかと思う。
<騒音もまた愉し> それから、ふだんは普通の人には勿論、私どもにさえも聞こえないような電車の音やいろいろな街の雑音が聞こえてくることがしばしばある。それは丁度、海岸で遠い波の音を聞くようにかすかに低いものであるが、それを私どもの耳ははっきりと聞くのである。すると不思議なことに、それから二三日中の間に必ず天気が変わる。つまり私どもの耳は天気予報の役目も務めるわけで、・・・
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2010年06月20日

宮城道雄『声と人柄』より

私は人の言葉つきで、その人が今日自分に、どういう用向きで来たかということが、あらかじめわかる。
その人がどういう態度をしているかということも、自然に感じられるのである。
ある夏の暑い時であったが、或る人が尺八を合わせに、私のところに来たことがある。その人とは心易い間柄だったし、丁度その時は誰も居合わせなかったので、その人が上着を脱ぎ、はだかになって尺八を吹き出した。私はそれを感じていたけれども黙って合奏をしたのであった。そしていよいよ済んだあとで、私が今日のような暑い日には、はだかでやると大変涼しいでしょうなあ、と言ったらその人は驚いて、這(ほ)う這(ほ)うの体で帰ってしまった。その人は別に私を誤魔化そうと思ってやったのではなく、心易さからのことだったろうが、私の言ったことが当たったのであった。
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2010年06月19日

宮城道雄『耳の日記』より

また或る時弟子から貰ったの(ビール)を(内田百聞に)届けさせたら、私のいる葉山へ、サンキュー・ビールマッチという電報が届いた。私はそれを読んで貰って耳で聞いた瞬間、面白いなと思った。
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